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ダンサー・イン・ザ・ダーク

ダンサー・イン・ザ・ダーク [DVD]

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「見たあと鬱になる」と脅かされてなかなか見ることができなかった作品。覚悟を決めて挑戦しました。
ハンディカメラで撮影したような荒くて揺れる映像、これに慣れるのに少しかかった。見づらくて軽く酔ったかも…。しかし、工場でのミュージカルが始まると、固定カメラの美しい映像が登場して「現実」と「空想」を切り替えるためと分かったら揺れる映像も気にならなくなった。ビョークがねぇ、とにかくはまっていた。キュートだし、何より歌声が素晴らしい。列車の上で歌うミュージカルパートで早くも泣いてしまった。声が、表情が違う。メガネをかけて野暮ったいセルマとは別人だったのですよ。上手くいえないのがもどかしいが、あの声に胸の内を鷲摑みにされた感じだった。
以下ネタバレもあります。




前半は空想癖のあるセルマ(ビョーク)にイライラさせられた。鈍感で頑なな、それでいて素直で人を信用してしまう性格は「なんで?」の連続でもあった。息子の手術代としてコツコツ貯めたお金を盗まれ、逆に泥棒呼ばわりされてしまうセルマ。金を盗もうとしたビルにも頭にきたけど、はっきり意思を伝えないセルマにも同じくらい頭にきた。「殺してくれ」と懇願するビルを本当に射殺する必要はあったのか?と思ったし。そして、その後にセルマの空想の世界を表わすミュージカルパートで「あなたは悪くない、逃げなさい」と自分が撃ち殺したビルや、警察に通報したその妻、そして自分の息子ジーンが歌いだす。裁判のミュージカルパートでも「受け止めてあげるよ〜」と検事、判事、弁護士、見学者達と一緒に歌い踊る。周りの人が「あなたは悪くない」というならまだしも、セルマ自身の声(空想)で自分を正当化する叫びを聞かされて、セルマに対して嫌悪感を抱いてしまった。
とは言っても、死刑を宣告された瞬間はショックを受けたし、監獄に収容されてからはボロ泣きだった。面会に来たキャシー(カトリーヌ・ドヌーブ)に死刑を前にして「恐怖で押しつぶされそう」と言うセルマを見て、あのイライラさせられた自己弁護の空想は「身もすくむような恐怖を耐えるための自己防衛」だったのかーとやっと理解したから。そう思ったら、苦しくて堪らなくなってしまったよ。可哀想というより、セルマと同調して何もかも怖くなってしまい、あとはひたすら映画を見ながら泣いていた。
「(目の病気が)遺伝すると分かって、何故ジーン産んだのか?」という問いに「子供をこの手で抱きたかったから」と答えるセルマにも最も泣かされた。これをセルマのエゴと捉えることもできるけれど、「自分の子供をこの手で抱きたい」という決して贅沢ではない、ささやかな願いを叶えたかったセルマの気持ちを思うと苦しかった。
足がすくんで死刑台へ迎えないセルマ。ビョークの演技がスゴイ、演じているというよりセルマという女性そのものがそこにいるようだった。女性看守とともに向かう死刑台への107歩を空想とともに明るい表情で歌い進むセルマ。その結末を思うと見てられなかった。セルマの歌声の後ろで、ゆっくりと数えられる107の数字が重い。
最後の最後までセルマに引っ張られて号泣だったけれど、見終わった後は人に言われたほど鬱にはならなかった。命に代えた願いである息子の手術が成功し、歌う事で心の安らぎを得たセルマは救われたのだ、と思ったわけでもない。救いはなかったと思う。ロープが延びきってセルマの体が宙に浮いた瞬間に画面がグッと引かれ急にセルマとの距離が離れる。あの一瞬で、それまでセルマと同化するかのように入り込んでいた気持ちがサッと引き離された感じになったからかなー。もちろんラストの無音の間も泣き続けていたけれども。
とにかく泣いて泣いて、劇場で見なくてよかったと思うくらいの号泣だった。しかし、後に引く鬱度で言うと私の場合、『ライフ・イズ・ビューティフル』の方が上だった。きっと、不幸の連続で結末の救いのなさが予想できたのと、セルマの行動によっては不幸を避けることもできたのではないか?という気持ちもどこかにあったからかもしれないなぁ。